カウンセリングルームの窓から(35)
孝雄さんは、どうしてこんなにも梨佳さんに魅かれるのか、今でも解らないと
いう。しかも、この2年間という時間を冷静に客観的に自分の気持ちをみつめて
きたというのだ。「確かに親しみはありましたが・・もっと素敵な女性はいたし
飛びきりの美人ではないと今も思っています。・・ですが彼女しか見えないので
す」「今のお気持ちをそのまま梨佳さんに伝えたら如何ですか、女性はその方が
嬉しく思いますよ」、「ハァそうなんですが・・言えないのです。僕は一度梨佳
を振っているんです」「・・・」。
孝雄さんは在学中から公認会計士を目指し卒業して2年目で取得した。とにか
く「幸せ」は経済的安定にあると信じ、中学の時から高校受験、大学受験、就職
など確実に正確に達成してきたという。スポーツも万能で高校の時は硬式野球の
エース、甲子園には行けなったが地方大会のベスト4だ。大学時はゼミの代表と
しても活躍した。私の時代と違うのか麻雀、パチンコ、映画・音楽にも目もくれ
ず現実をみて着実に自分の願望を叶えてきた、と今の今まで孝雄さんは確信して
いた。しかし、大学の時に同じゼミにいた梨佳さんから「想い」を聞かされた時、
何も感じなかった、むしろ、田舎から出てきた「いも姉ちゃん」位に見えていた
という。そして、半年経った今年ゼミのOB会で梨佳さんに再会した。絶世の美
女には見えなかった、大学時代の面影がある「いも姉ちゃん」にも見える、しか
し何かが違う!その何かに魅せられたのだろうか。
「梨佳さんは何が変わったのでしょうね」「解りません。だけど魅力的です」、
「仕草とか、言葉の選び方とか、性的魅力とか?」「いいえ、全部そうですが・・
」、「快活になった、生きいきしている」「そうです!輝いて見えるんです、そ
れだけでなく活発でも優しさがあるんです」。孝雄さんは梨佳さんと言葉を交わ
さなかった、それほど彼には衝撃的だったのだろう、言葉を交わせる余裕など彼
にはなかったのだろう。梨佳さんが何をしているのか、恋人がいるのかも分から
ない。「大学の時はそれほど快活ではなったのですか」「・・いいえ快活でした、
」、「大学の時も優しかった、ですね」「・・はい、・・やっぱりやさしかった」
、「何が違うのでしょう」「何も変わっていないけど『何かが違うんです』!」。
孝雄さんは「違い」を他人に見ている。梨佳さんは何も変わっていないのです、
大学の時と同じように快活で明るくて優しい女性なのです。変わったのは孝雄さ
ん自身です。勿論、梨佳さんは学生時代より人間として成長して「変わった」の
ですが。孝雄さんだけでなく私たちは、物事を固定的にみたり、見る、聞く、嗅
ぐ、味あう、触れる、考える、という情報をあるがままに「情報処理」できてい
ないのです。恋人同士が「愛してる」と同じように伝えてもその意味は違うので
す。男と女で例えれば男は肉体的な意味、女は精神的意味です。それをお互いに
同じと想うから誤解(ズレ)が生じます。そしてこのズレは決して埋めることが
できないのです。このことは男女のズレにとどまらず、同性であっても異性であ
っても、人生観、物事・現象の価値判断、社会観などに置いても出てくるのです。
宗教、社会体制、政治理念等々すべて一人ひとりの人間は「違い」があるのです。
ですから、「同じ」には決してなりません。「違い」があって当然と知れば「同
じ」にする必要はありません、だから苦しみも悩みも出てこないのです。それが
「知る」ことです。
孝雄さんはもう一つの「過ち」をしていました。それは「自分は絶対」という
考えです。自己を洞察するのではなく、人間や世間ばかり見ているという過ちで
す。孝雄さんは、大学時代には梨佳さんを見ていたが自分の心を観ていなかった
のです、大学の時に既に梨佳さんを意識していたのです、大好きだったのです。
ではどうしてか、簡単です、「気付き」が遅いのです。世間にばかり目がいって
肝心の自分に目がとどかない裸の王様です。流されてはいけませんね。現実をき
んと直視するのは大切です、自分の「物差し」だけでなく! 一度振った女性を
オカッケルのも「いとおかし」です。
次回も「カウンセリングルームの窓から(36)です」
